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駒崎弘樹氏「女らしさ」の呪いに対する言霊信仰について

 

↓の記事を読んで、駒崎弘樹氏は言霊信仰者だなと思った。

 

bylines.news.yahoo.co.jp

 

言霊信仰というのは、言葉自体に強烈な霊力があるという考え方。今回のケースに当てはめると、駒崎弘樹氏は「女らしさ」という言葉に「呪い」という強烈な霊力がやどっていると主張されている(ちなみにこの言霊信仰は、世界的には日本とどこだっけか?に見られる結構レアな考え方らしい。詳しく知りたい方はググってください)。

 

だが世の中的には、言霊信仰を持っていない人の方が多い。で、言霊信仰者じゃない人たちの価値観が何かというと、「言葉は言葉」なわけです。

つまり言葉自体に特別な力はない。その言葉を受け取った人と結びついたときに初めて力を発揮する。

そうすると1つの言葉に対する感情は1つとはならないわけだ。だって人によって受け取り方が違うから。もっと言うと、1つの言葉に対してどういう感情を抱けるかの自由が個人にはあるという捉え方もできる。


しかし一方言霊信仰の場合は、言葉自体に抗えない力が宿っていると考える。そして「抗えないんだったら、そんな言葉は封印してしまえ」という思考に至りガチ。日本には「触らぬ神に祟りなし」という有名なことわざがあるが、まさしく「そんな言葉に触れてはいけない。触らなければ、祟られることもない」という考え方になるワケだ。


こういう書き方をすると、もしかすると言霊信仰批判のように捉える方がいるかもしれない。だが私が問題視しているのは信仰そのものではなく、多くの日本人が、自分自身に強い信仰心があるという自覚がないことである。


つま先でも片足でも両足でもいいが、特に言論の場に足を突っ込んでいる人には、自らの思想の立ち位置くらいは自覚しておいてもらいたいと感じる次第である。

 

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