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強行採決は民主主義だと思うので、違うと主張する人の意見に触れてみる

 

最近のTPP法案、年金法案、IR実施法案(カジノ法案)など、安倍政権下の政治は強行採決ばかりだと言われています。でもヨク分からないんですよ。なんで「強行」と言われなきゃいけないのか。こんな強行採決は民主主義じゃないとも言われていますが、いや民主主義だろうと。

そこで一度「強行採決は民主主義じゃない!」と主張する人の意見に触れてみたいと思ったワケです。

 

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ということで、いつものTwitter検索です。試しに「強行採決 民主主義」でリツィート3以上のツィートを見てみたのですが……

 

 

 

 

んー残念ながら、なぜ強行採決が民主主義じゃないかの理由に触れているツィートは見つけられませんでした。抽象的な意見ばかりですね。。でもまあそりゃそうか、140字ですしね。楽しようとしすぎですね。

 

あ、でもなんだかんだでtoggetterで1つ良さそうなのを見つけました。

 

togetter.com

 

これは良いと思いました。つまり「民主主義=多数決」ではないということです。そりゃそうです。何でも多数決でOKということであれば、違憲や違法なものもどうにかなってしまいます。

 

ちなみに「日本教社会学」という本で、ココらへんのことが語られています。

 

日本教の社会学

日本教の社会学

 

 

ある学校で、一人の女の子がいたずらをした、すると教師は、その処罰についてクラス全員の投票を求め、多数決にしたがって、その子をストリップにして教壇に立たせたと。つまり、「多数決」というデモクラシーの原則ひとつに関しても、こんなにひどい誤解はない。

 

コレ民主主義じゃないですよね。多数決で決まったことが違法なワケですから。でもこの女の子の例で著者が強調したいのは、恐らく違法の部分ではありません。「責任」の部分だと思います。

 

どういうことか。また「日本教社会学」から引用します↓

 

西洋の場合であれば、責任者を明確にして、そして決断の主体を特定するというところに民主主義の出発点があるわけでしょう。

日本ではまったくその逆でして、決断の主体が誰だかわからなくして、決断の内容を分散すると、それが民主主義だと。

 

日本の場合には、対立する二つの主張との間のバランスといいますか、平衡といいますか、それが民主主義で……。

 

つまり民主主義であるかないかの識別条件として、日本人は相手の気持ちを察して、相手が怒らないようにするというのが民主主義であると思っちゃってるが、ある意味ではこれほど非民主的なことはありませんね。

 

そうなんですよ。さっきの女の子のストリップの例でいくと、一見責任者は先生のようにも思えますが、違いますよねコレ。もちろん結果的に先生が責任を取らされる可能性はありますが、先生としてはそんな考えはなく、あくまで生徒たちの意見を尊重し民主主義的に多数決で決定したというつもりだと思います。

 

一方TPP法案、年金法案、カジノ法案はどうですか?あ、カジノは違法の可能性があるんですかね。詳しく分かっていないのでカジノ法案は外して見てみますが、強行採決と言われているコレらのものって、やっぱ民主主義じゃないでしょうか。

 

だって責任者は明らかですよ。一番の責任者は、安倍晋三総理大臣ですよね。実際めちゃくちゃ叩かれてるし。あと自民党始め、賛成票を投じている政治家の方々も責任者ですよね。責任者が責任をもって、民主主義的な多数決によって決めているのです。これが強行採決で民主主義じゃないという主張は、やっぱりよく分かりません。

 

それでも「いや、とにかくコレは強行採決だ、民主主義の崩壊だ」なんてことが通ったりするのであれば、それこそ昭和の政治じゃないですが「密室での決定」が良いなんてことになりませんかね。

 

またもや「日本教社会学」から引用します。

 

(日本の場合は)まず単独採決は悪として非難され、その場合はむしろ無採決が賞賛されますから。

つまり満場一致で決めていいかというと、そうもいかないんですね。満場一致に至るような空気といいますか、そういうものができあがらないと、いけない。だから日本の場合、根回しが決定的な意味を持つのはそのためだろうと思います。

 

なのでもし法に則っていて責任者が存在する上での多数決であったとしても、「そんなの民主主義ではない」と主張するのであれば、多数決以外の意志決定システムの提案が必要になると思うのですが、どうなのでしょうか。

 

 



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