ふるえる技術

「震え」を探求するサイト。旧タイトル「割って飲む。」

株投資に三振はないのだよ分かるかねキミという話

 

今日なんとなく銘柄チェックしていたときに、パッと思いつきました。

そっか、株に三振はないのか」と。

つまり打席に立って振りたいボールだけ振ればいいのです。ストライクを三球どころか何球見逃しても打席から追い出されることはありません(まあバッティングは上達しないかもしれませんが)。打てそうなボールだけ振れば良いのです。

 

「やばい、名言すぎる!」

と意気揚々にブログを書こうとしたのですが、私のこの名言、すでに別の方の名言として世に認知されているようです。

 

www.zakzak.co.jp

 

blog.livedoor.jp

 

しかもあのウォーレン・バフェットさんですね。いやいやそうすると今度は、別の疑惑が出てきます。

「コレ思いついたんじゃなくて、単純に思い出したダケじゃね?」

そう、パクる人がよく言い訳に使うアレです。パクるつもりはなかった。昔見たのを忘れて、自分のオリジナルだと勘違いしてしまったというヤツです。

 

いやぁ人の記憶なんてよく分からないですね。まあよく分からないので、俺もバフェット氏と同じ思考の持ち主イエイということにしておきます。

 

 チャーム・ケア・コーポレーション (6062)の損切早すぎ

 

なんとプラス引けですか。やっちゃいました。

反省ポイントとしては、「設定した損切ポイントにまだまだ達していない」にも関わらず「ビビってしまった」ということですね。

損切ポイントに達していないのであれば、せめて引けまで待つべきでした。チャーム・ケアに限らず、これシバシバやっちゃうんですよね。反省。


ノダ (7879)をジャンピングキャッチして損切


さっきの三振の話、なんとなく思いついたと書きましたがウソです。コレでした。ノダの損切で思いついたことを思い出しました。

ということで、ノダの損切です。ノダは結構前から目をつけていて買い時を探っていたんですよ。ところがいつの間にか私のリストから漏れてしまっていて、何日か前の上げのタイミングに気づかなかったんですよね。

で「あー!!」と焦ってジャンピングキャッチという流れです。完全にダメなやーつですよね、見逃して良いボールでした。

中長期的には上げ目線でいますが、ノダに限らず焦ってバットを振るのはやめようと心に誓った次第です。


見逃し正解のバーチャレクス・コンサルティング (6193)

 

結構下げましたね。良かったです。

というのもこの銘柄、何日前だっけ?一度買おうと思ったときがあったのです。でも出来高が明らかについてきてないなという理由でやめました。

見逃したワケです。そうなんです、俺だってやればできるはずなんですよ。

取りあえず振っておくかの精神でのぞんでいたら、エラい目にあってましたね。良かったです。

掃除を拒絶する新人を宗教だと言う人の処方箋がみたい

 

1ヶ月くらい前に「日本が社畜国家にならざるを得ない理由」という記事を書きました。

 

yokoamijiro.hatenablog.jp

 

と思っていたら、今回まさにピッタリの記事がはてなブックマークに上がっていたので、今日はソレについて書こうと思います。

 

筆者の方がむしろ信者に見える

 

anond.hatelabo.jp

 

↑の記事は、

「採用時に説明を受けていない」「雇用契約に含まれていない」という理由で、「社内清掃の時間」に帰ってしまう新入社員がオカシイ

という内容のものです。

 

で、記事の筆者は

これって、何かの宗教かしら?と思った。

と書いているのですが、この言葉をネタじゃなくて本気で思っているのであれば、相当に興味深いです。

というのも私にはこの記事を書いている人の方がむしろ信者のように見えるから。

もう少しくだけさせて言うと、誰がどう見ても泥酔しているにも関わらず、自分が酔っぱらっていることに気づいていない人っていますよね。ああいう感じに見えるということです。

 

実際その後に、

掃除(奉仕)をする宗教というのは聞くが

と書かれていますが、ソレってまさしく自分自身のことじゃないですか。

まさしくという文章を書いておきながら、自分は奉仕する宗教の信者ということに気づいていないワケです。

 

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なぜ「奉仕」が当たり前なのか

 

先ほどの 日本が社畜国家にならざるを得ない理由 - 割って飲む。 でも引用しているのですが、今回も引用させていただきます↓

日本は(資本主義の)搾取の極限状態においては、労働者は資本家の家来になってしまう。

日本教の社会学

そう、日本の場合、労働者は会社に「奉仕」して当たり前という感覚を持っている人が多いのですよ。

 

そもそも資本主義のもとでは、労働者は資本家に自分の労働力を売るだけで良いハズです。労働力を資本家に売るかわりに、資本家からお金をもらうワケですよね。

で、どのような労働力をどれくらい売るかといったことを事前に約束します。これが契約です。

だから本来、契約とはとても重要視されるハズのもので、そういう意味ではこの新入社員の言う「採用時に説明を受けていない」「雇用契約に含まれていない」はごく当たり前の主張なのですが、日本ではナアナアになりがちですよね。

 

資本主義とは元々、共同体の解体とともに出てきた思想です。

しかし日本では共同体は解体されず、会社の中にスッポリと入ってしまった。だから奉仕が必要なのですよ。だって共同体だし。

 

ちょっと話そらしますが、日本は生産性が低いってよく言われるじゃないですか。コレも共同体で説明できると思いませんか。

日本の典型的な村を思い浮かべてみてください。ムラでは効率が大事ですか?ムラでは正しいことを言うのが大事ですか?

村人同士のコミュニケーションの方がよっぽど大事ですよね。正しいことよりも、村人同士いかに争わず円滑に生活できるかがポイントですよね。

 

当然ながら新人さんは、まだこういった考えに染まっていません。

さらにはこのご時世、そもそもの話として会社自体が共同体として成立しにくくなりました。さっきのムラじゃないですが、共同体ってデキる人はもちろん、デキない人も守らなきゃいけないですよね。

終身雇用とかまさしくそうでしょうが、もうそんな体力を持っている会社はごく僅かなワケです。

あとグローバル化の影響もありそうですよね。今の若い人たちは多様な働き方に触れる機会が多くなりました。もはや「その働き方が絶対」ではないのです。

 

最後に

 

念のため言わせてください。

私は「共同体が悪い」「今の会社のあり方が悪い」と言いたいワケではありません。実際日本が戦後、コレほどの経済成長を遂げることができた背景には、この共同体思想が大きく関係していると思います。

 

私が問題視しているのは、自分がある特殊な思想を信仰しているにも関わらず、それが当たり前になじみすぎて気づけていない人が日本には多くいるように思われる点です。

 

だって少なくてもある程度は自分の思想の根本が分かってないと、比較も反省もできなくないですか。そしたら改善も難しいですよね。

戦後の経済成長に大きく貢献した共同体思想も、今となっては現実とフィットしにくくなっているのではないかと思います。

にも関わらず、なかなか変化できない理由の1つは、この「気づいていない日本人多くねぇか」があるのではと思ったりするワケです。

 

 

以上「掃除を拒絶する新人を宗教だと言う人の処方箋がみたい」でした。

最後までご覧くださいまして、誠にありがとうございました。

 

 

日本がナゼ1番成功した社会主義国になれたか分かった

 

皆さんご存知のように、日本は民主主義の国です。

ところが「日本は世界で最も成功した社会主義国だ」とも言われています。

 

日本は世界で一番成功した社会主義国だ(ゴルバチョフ

 

日本こそ、ソ連や中国がお手本にすべき社会主義国です(江副浩正 リクルート創業者)


日本人ほど社会主義になじみやすく、不勉強でお上に靡きやすい国民は稀である(小林秀雄 文芸評論家)

 

民主主義の国であるはずの日本が、なぜ社会主義と言われるのか。

それは日本人が「倫理の尺度を人間におく民族」だからではないでしょうか。

 

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倫理の尺度を人におくってどういうこと?

 

まず「尺度って何?」って話から書きます。

例えばm(メートル)は尺度ですよね。長さを測る尺度です。1メートルがなぜこの長さなのかは、光が真空中をドウタラとか難しいので置いておきますが、とにかくコレって絶対的ですよね。つまり時と場合によって、1メートルの長さが変わることはないワケです。

 

ここまでは誰でも納得する話だと思います。しかしココからが日本人にはフィットしにくく「はあ?何言ってんの?」となる話のようです。なので「はあ?」と思った方は、ある意味健全な日本人なのかもしれません。


フィットしにくい話というのは、実は倫理観や宗教も尺度だということです。つまりさっきのメートルと同じです。

ホラ、だからキリスト教とかイスラム教とかって、めちゃめちゃ厳しい決まりがあるでしょ。あの決まりってメートルと同じで、時と場合によりませんよね。いわゆる「戒律」ってヤツです。


そしてキリスト教イスラム教を見れば分かりますが、コレらの宗教の戒律(決まり)を作っているのって、人ではないですよね。神です。

つまりさっきのメートルと同じで、人間ではないものによって尺度が決められているワケです。


ところが日本人の場合、倫理の尺度って宗教じゃないですよね。一応仏教国となっていますが、仏教の戒律とか知ってます?そもそも戒律って考え自体がハテナな人も多いかと思います。

じゃあ何なの?って話ですが、日本人の場合、倫理の尺度は人ですよね。だから時と場合によって、正しいとされることが変わるのです。

 

小難しいので、かけっこの例で柔らかくしてみます


んー難しいので、分かりやすくするために例を出してみます。

 

いつでしたかケッコウ前に、運動会のかけっこ競争で順位をつけないことが問題になりました(ゆとりの頃でしたっけ?)。つまり足が速くても遅くても、みんな1番。みんな同じ。もともと特別なオンリー1なワケです。

 

コレはあまりにも極端すぎたので問題になりましたが、極端というだけで、日本的な平等という意味では実に理にかなっています

 

だって「尺度が人」であれば、みんな同じになるのは当然です。だって、みんな人ですから。だから「人という尺度」で「足の速さ」を測ったら、みんなが一緒の順位になるのは、当たり前のことなのです。

 

ところが海外の場合は、こんな発想はナカナカ出てきません。いや出て来てもナカナカなじめないというのが正確な表現でしょうか。だって彼らにとっての尺度は、人間でははないですから。

 

さっきのかけっこ競争の例でいうと、彼らにとっての平等とは、秒数という正しい尺度で正確に人を測るということなのです。だから秒数という尺度で測ったときに、足が速いとされる人も遅いとされる人も出て当然。個人個人で差が出て当たり前だし、むしろ差をつけないことは公平ではないワケです。

 

日本人はもともと社会主義

 

と、ようやくここで冒頭に戻ります。社会主義です。

 

「人が尺度」という日本人の思想は、「社会主義」という言葉が生まれるよりもズット前から根付いているものだと思いますが、コレってもうすでに社会主義じゃないですか。

だって社会主義国の「どれだけ働いても皆同じ賃金」というのも、尺度が人なら当然の話ですよね。さっきのかけっこ競争と同じです。みんな人という点では同じなんだから、同じお金をもらって当然なのです。


まあもちろん、実際はもっとゆるい感じになると思いますよ。宗教が強い国なんかを見ても、なんだかんだ理由をつけて、自分たちに都合の良いように解釈しようとしてますよね。あくまで古くから根付いている根本的な思想の差だと思います。

ただなんにせよ、こういった視点で世の中のできことを見たとき、なんとなく納得いくものがないでしょうか。

 

例えば世界では格差が深刻な問題になっていて、もちろん日本でも叫ばれているんですけど、日本の中の格差って世界的には小さいですよね。

そういったこともこの日本人特有の考えによるものが大きいのではないかと思うワケです。

 

 

 

と偉そうに書いてきましたがコノ話、私独自のモノではなく、↓の受け売りです。

 

「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))

「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))

 

 

毎回書いているような気がしますが、だいぶ前の本ながら今でも十分すぎるほど通用するのではないかと私は思っているワケでございます。

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